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その気高い雰囲気と、偉大な母を持つがゆえの葛藤を抱える姿が印象的な「アドマイヤグルーヴ」。
彼女のモデルとなった競走馬は、まさに「女帝」と呼ばれた母の血を受け継ぎ、数々のドラマをターフに刻み込んだ「華麗なる一族」の名牝でした。
この記事では、そんなアドマイヤグルーヴが史実でどんな競走馬だったのかをウマ娘から競馬を始めた初心者に向けて、わかりやすくご紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。
競走馬『アドマヤグルーヴ』とは
https://umamusume.jp/character/admiregroove
競走馬『アドマヤグルーヴ』は2000年4月30日生まれの鹿毛の牝馬、2003年にクラシック期を迎えた03世代と呼ばれる競走馬です。
父は日本の競馬を変えたとまで言われる伝説の大種牡馬サンデーサイレンス、母はウマ娘でも『女帝』でおなじみエアグルーヴ、母父には凱旋門賞馬トニービンという、これ以上ないほどの良血統。
名前の由来は冠名である「アドマイヤ」と、母エアグルーヴの名前から取られた「グルーヴ(Groove)」を組み合わせたものです。
グルーヴという言葉には英語で「快調に運ぶ」や「気が合う(馬が合う)」といった意味があり、「人馬一体の快調なレース運び」を願って付けられた名前なのです。
デビュー前から「エアグルーヴの2000」として絶大な期待を集め、なんと当時の牝馬としては史上最高額となる2億3,000万円で落札されました。
まさに、生まれながらの女王候補だったのです。
しかしその一方、能力の高さとは裏腹に非常に繊細で気難しい一面を持っていました。
- その日によってテンションが違うムラ気
- 牡馬相手だと萎縮してしまい、力を出しきれなかった
- ゲートでの出遅れ癖
このような精神的な脆さが常に付きまとい、主戦騎手を務めた武豊騎手は後に、「一番乗りにくかった思い出の馬」として彼女の名前を挙たほど。
ウマ娘での周囲の期待に応えなければならないというプレッシャーや、時折見せるナイーブな一面は、こうした史実の気性が元になっているのかもしれません。
一方で、引退後に彼女に会った関係者は「気高く、気品にあふれた雰囲気だった」と語っており、女王の風格は引退後も曇ることはなかったようです。
史実で対戦のあるウマ娘
- スティルインラブ 6勝3敗
- ヒシミラクル 2勝0敗
- ラインクラフト 1勝0敗
- スイープトウショウ 1勝2敗
- ネオユニヴァース 0勝1敗
- タップダンスシチー 0勝4敗
- ゼンノロブロイ 0勝4敗
同期のウマ娘
- スティルインラブ
- ネオユニヴァース
- ゼンノロブロイ
血統繋がりのウマ娘
- エアグルーヴ 史実における母
- ドゥラメンテ 史実における6番仔
- トニビアンカ(シンデレラグレイ) モデル馬(トニービン)が母父
その他繋がりのあるウマ娘
- シーザリオ 繁殖牝馬として同じ牧場で繋養
- シンボリクリスエス 交配相手、2009年に牡馬(アドマイヤトライ)を出産
- サイレンススズカ 橋田満調教師繋がり
- アドマヤベガ 同馬主、父サンデーサイレンス×母父トニービン血統
- カレンチャン 父クロフネ、アドマイヤグルーヴ初仔の父もクロフネ
決して順風満帆ではなかった女王
https://x.com/uma_musu/status/1959498685907431435
デビュー前から「超良血」「世代の主役」と注目されながらも、アドマイヤグルーヴの競走生活は順風満帆とは言いにくいものでした。
3歳:ライバルとの激闘と掴んだ初G1
2002年京都競馬場で行われた芝1800m新馬戦では、母エアグルーヴでも主戦騎手を務めた武豊騎手と共に圧倒的な1番人気に応えて勝利。
同年の阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)は抽選に漏れのため除外となりましたが、オークス(GⅠ)を見据えて出走した皐月賞(GⅠ)トライアルである若葉ステークスを含めた無傷の3連勝で、クラシックの主役に躍り出ます。
そしてここから最大のライバル・スティルインラブとの激闘の幕開けとなりました。
血統背景や、牡馬相手に1着を続けたことが評価され1番人気となった桜花賞(GⅠ)では出遅れが響き3着、続くオークス(GⅠ)でも1番人気に支持されますが、またも出遅れて7着に惨敗。
このオークスでの敗北は、母、祖母(ダイナカール)と続く「母子3代オークス制覇」の夢が破れた瞬間でもありました。
立て直しを図って出走したローズステークス(GⅡ)では、1番人気であったスティルインラブに初勝利したものの、秋華賞(GⅠ)ではスティルインラブを2番人気に抑え込んでも、あと一歩及ばず2着に終わり、ライバルの「牝馬三冠」達成を見届けることになったのです。
三冠レースでは一度も勝てず、常に人気を裏切る形となってしまっていたアドマイヤグルーヴでしたが、エリザベス女王杯(GⅠ)でついにその才能が覚醒します。
レースは再びスティルインラブとの一騎打ちとなり、壮絶な叩き合いの末、ハナ差でライバルを下し、悲願のG1初制覇。
そして史上初となる母子3代GⅠ制覇の偉業達成の瞬間でもありました。
4歳:女王として君臨
古馬となったこの年には、宝塚記念(GⅠ)を見据えて大阪杯(GⅠ)、金鯱賞(GⅡ)に出走しますがいずれも惨敗に終わり、牝馬限定戦のマーメイドステークス(GⅢ)へ出走すると、のちのGI馬であるヘヴンリーロマンスなどを抑えて重賞3勝目を挙げます。
そして秋の天皇賞(秋)(GⅠ)で強豪牡馬相手に3着と健闘すると、連覇を狙うエリザベス女王杯(GⅠ)へ。
前年の再現のような鋭い末脚で他馬を圧倒し、メジロドーベル以来となるエリザベス女王杯連覇を見事に達成します。
この実績が評価され、母エアグルーヴも受賞したJRA賞最優秀4歳以上牝馬に選出されたアドマイヤグルーヴ。母娘での受賞となりました。
5歳:有終の美を飾った引退レース
5歳となったアドマイヤグルーヴは勝ちきれないレースが続きます。
大阪杯(GⅠ)4着、天皇賞(春)(GⅠ)11着、金鯱賞(GⅡ)4着、そして3連覇がかかったエリザベス女王杯(GⅠ)も3着に敗れ、陣営は引退を決断します。
ラストランとして選ばれた阪神牝馬ステークス(GⅡ)では主戦の武豊騎手に鞍上が戻り、2番人気でレースを迎えます。
すると、まるで全盛期を思わせる力強い走りで勝利。
馬主の近藤利一氏は、この勝利に涙を流し「(G1を勝った)アドマイヤベガのダービーより嬉しい」と語ったという逸話が残っていて、まさに「有終の美」を飾って女王はターフに別れを告げました。
引退後のアドマヤグルーヴ

引退後のアドマイヤグルーヴは繁殖牝馬となり、その良血を後世に伝えることを期待されました。
ところが2012年10月、胸部の出血により12歳という若さで急逝。母エアグルーヴよりも先にこの世を去ってしまいます。
しかし、彼女が遺した物語には続きがありました。
アドマイヤグルーヴが最後に産んだ息子、ドゥラメンテ(父キングカメハメハ)が、2015年の皐月賞と日本ダービーを圧倒的な強さで制し、クラシック二冠を達成。
これにより、世界でも類を見ない「親子4代G1制覇」という偉業が成し遂げられたのです。
残念ながらドゥラメンテも若くして亡くなりましたが、その産駒からは三冠牝馬リバティアイランドや、GⅠを3勝したタイトルホルダーなど、数々の名馬が誕生しています。
彼女の気高く、誇り高き魂とその血は、息子、そして孫の世代へと確かに受け継がれ、今もターフを輝かせているのです。
ウマ娘のアドマイヤグルーヴが見せる、一族への強い想いと誇りを背景に、ぜひ育成シナリオを楽しんでください。



