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ついに登場した情熱的な赤い勝負服が印象的な、そしてティアラ路線の先輩であるウオッカを「愛しのあの方」と呼んで敬愛しているウマ娘、レッドディザイア。
彼女のモチーフとなったのは「世紀の最強牝馬」とも呼ばれるブエナビスタと同期であり、「打倒ブエナビスタ」を掲げ、幾度となく激闘を繰り広げた最大のライバルの一頭です。
この記事ではウマ娘から競馬を始めた初心者に向けて、モチーフとなった競走馬『レッドディザイア』がどのような馬だったのか、わかりやすくご紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。
競走馬『レッドディザイア』とは
https://umamusume.jp/character/reddesire
競走馬『レッドディザイア』は2006年4月19日生まれの鹿毛の牝馬、2009年にクラシックを迎えた09世代と呼ばれる競走馬です。
父は菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)を制した長距離の名手としてウマ娘でもお馴染みのマンハッタンカフェ。
母のグレイトサンライズは歌手・タレントのやしきたかじんさんの所有馬で、成績は中央で7戦1勝、2000年の阪神ジュベナイルフィリーズにも出走しています。
名前の由来は、所属クラブ(東京サラブレッドクラブ)の冠名「レッド」に、英語で「願望・切望」を意味する「ディザイア」を組み合わせたもの。
まさに勝利への渇望を体現した名前といえるでしょう。
レッドディザイアを当時担当していた斉藤崇史調教助手(現調教師)によると、気が強いが優しい性格であり、また非常に真面目な努力家なため、調教では「やればやるだけ走ってしまう」ことから、陣営がオーバーワークにならないよう気を使っていたそうです。
その一方で、海外遠征先で打ち上げられた花火の音に怯えてリズムを崩すといった、非常に繊細な一面も持ち合わせていました。
2010年のドバイ遠征で親しくなった先輩牝馬ウオッカが引退して先にアイルランドへ旅立った際、残されたレッドディザイアは寂しさのあまり落ち着きをなくし、困った陣営は「ウオッカの実寸大写真」を馬房から見える位置に貼り付けて安心させたという有名なエピソードが残ってるほど。
ちなみにこの陣営側の苦肉の策ですが、結局レッドディザイアを騙しきることはできず、後日ブエナビスタが来たことで落ち着きを取り戻したそうです。
史実で対戦のあるウマ娘
- ウオッカ 1勝1敗
- ブエナビスタ 1勝4敗
- エイシンフラッシュ 0勝1敗
- ドリームジャーニー 0勝1敗
- トーセンジョーダン 0勝2敗
同期のウマ娘
- ブエナビスタ
- トーセンジョーダン
- ナカヤマフェスタ
- トランセンド
血統繋がりのあるウマ娘
- マンハッタンカフェ 史実における父
- タイキシャトル 母父カーリアン繋がり
打倒ブエナビスタ!同世代女王に勝利を
https://x.com/uma_musu/status/1991024271448289554
レドディザイアの競走馬人生は、順風満帆ではなかったデビュー前から常に「挑戦」の連続でした。
遅れてきた才能と「シルバーコレクター」の春
レッドディザイアは東京サラブレッドクラブより一口6万円で募集されるも、集まったのは10口未満と期待されておらず、2歳の春には調教中の転倒や疝痛(腹痛)といったアクシデントに見舞われたためデビューは遅れ、2009年の1月までずれ込みました。
しかし新馬戦、エルフィンSと連勝して桜花賞(GⅠ)へと挑みます。
そこでは二歳女王ブエナビスタと初顔合わせになり、単勝14.4倍と二桁オッズ、単勝1.2倍の圧倒的1番人気であったブエナビスタには劣る評価でも二番人気に支持され、ブエナビスタに次ぐ2着と健闘。
続くオークス(GⅠ)でもブエナビスタに続く2番人気となり、ブエナビスタのライバルと評価されました。
レースでは直線で一度は抜け出し勝利を確信させたものの、ゴール寸前でブエナビスタの強襲に遭い、わずかハナ差の2着に敗れます。
秋初戦に選択したローズSでも2着に敗れ、現状ではいけないと判断した陣営の思いはただ一つ、打倒ブエナビスタ。
本番の秋華賞(GⅠ)に向け、坂路で他馬を先行させて猛烈に追いかけさせるという過酷な調教をレッドディザイアに課し、その結果馬体重は前走比14キロ減と極限まで絞りこみました。
そして挑んだ秋華賞、4コーナーで先頭に立つレッドディザイアに対し、猛追するブエナビスタ。
ゴール前、二頭の馬体が重なりますが、長い審議のを経て写真判定の末にわずかハナ差(7cm)でレッドディザイアが勝利。
遂にライバルだったブエナビスタへのリベンジを果たし、GI初制覇となったのです。
日本馬初の快挙、そして世界へ
2010年の初戦としてウオッカと共にマクトゥ-ムCR3(当時GⅡ)に出走すると、AW(オールウェザー)という特殊な馬場をものともせず、レッドディザイアは牝馬として初制覇します。
この記録は2025年時点で牝馬での勝利はレッドディザイアを除いて他におらず、またウオッカの現役最後のレースとなりました。
AW(オールウェザー)
芝でもダートでもない、人工的な素材(ポリトラックなど繊維や合成ゴムのチップ)を使用した第3の馬場、合成馬場・人工馬場・全天候馬場とも。
日本では中央・地方ともにトレーニングセンターで使用され、大井競馬場の本コースをポリトラック馬場に変更する計画が進んでいる。
そして4歳でドバイへ遠征すると、AWの馬場に適応したことからメイダン競馬場AWで開催されるようになったドバイワールドC(GⅠ)へ目標を変更します。
しかし直前の花火の音に驚いた影響もあってか、差し脚が見られず11着。
帰国して再びブエナビスタに挑んだヴィクトリアマイル(GⅠ)では4着に終わり、宝塚記念(GⅠ)を視野に調整していたものの、鼻出血を発症してしまいました。
人間と違って馬は口呼吸が出来ないため、鼻が塞がって呼吸ができなくなってしまう身体・競走能力ともに致命的なこの持病に、レッドディザイアは今後悩まされることになるのです。
その後、鼻出血の予防薬を使用可能である米国へ8月に遠征しましたが、悪天候や文化の差に直面しフラワーボウル招待3着、ブリーダーズカップフィリー&メアターフ4着という結果で帰国します。
この時はもう全盛期の輝きを取り戻すことが難しくなっており、年末の有馬記念(GⅠ)では14着に沈みました。
そして復帰戦となった札幌記念(GⅡ)ではトーゼンジョーダンに届かず3着に敗れ、天皇賞秋を除外となります。
急遽エリザベス女王杯(GⅠ)を視野に調整をしていたところ、レース11日前の調教後に鼻出血を再発してしまい、オーナーサイドで協議した結果、無理をさせられないという判断でそのまま引退することになったのでした。
引退後のレッドディザイア

引退後のレッドディザイアは、北海道の社台ファームで繁殖牝馬となります。
初年度からハービンジャー、キングカメハメハといった有力種牡馬と交配され、4頭の仔を産みました。
しかし、その別れはあまりにも唐突でした。
2016年5月に第4仔を出産した直後、腹膜炎を発症。
懸命の治療も実らず、5月20日に10歳という若さでレッドディザイアはこの世を去ってしまったのです。
産駒に重賞勝ち馬は現れていませんが、第3仔のノスタルジア(父ノヴェリスト)が繁殖入りしており、細々とではありますが、あのブエナビスタと互角に渡り合った「赤い情熱」の血は受け継がれています。
また、レッドディザイアの魂は仔だけでなく、ホースマンたちにも受け継がれていました。
彼女を担当し、恩師として慕っていた斉藤崇史調教助手は後に調教師として独立。
クロノジェネシスなどの名馬を育て上げ、主戦だった松永幹夫調教師も、彼女での遠征経験を活かし、後にラニでUAEダービーを制しています。
ブエナビスタという巨大な壁に挑み続け、たった一度、しかし最高の舞台で彼女を破った「赤い情熱」。
そのひたむきな走りは、ウマ娘・レッドディザイアの物語でどう描かれるのか?ぜひその目で確かめてください。



